古くは
江戸時代に
幕府が設立した
海軍操練所に始まり、明治に入ると陸海軍に夫々兵学校が作られた。海軍の兵学校は初め操練所と称し、兵学寮を経て明治9年「海軍兵学校」となる。陸軍は兵学所・兵学寮を経て明治7年から陸軍士官学校となる。陸士・海兵とも学歴としては
旧制専門学校の位置付けであったが、卒業すると
高等官である
将校(
少尉)に任官されることや学費が掛らないことなどから志望者は多く、
帝国大学に並ぶエリートコースであった。尚、将校ではない経理部や軍医部の将校相当官(後に
各部将校という)を養成する経理学校や軍医学校は補充学校には含まず、「各部の学校」と分類する。
新たに将校・
下士官等を養成する学校を補充学校と呼んだ。兵卒の養成は各
兵営で行った為、兵を養成するための学校は存在しない。陸軍の補充学校は陸軍士官学校・
陸軍大学校や幼年学校に代表される。士官学校や幼年学校或いは予科士官学校は主に非軍人(軍隊用語で地方人という)が入学対象だが、
参謀を養成する陸軍大学校、
砲兵・
工兵将校の為の
陸軍砲工学校、
陸軍工科学校等既に将校の地位に在る者を対象とする学校も補充学校とされた。