軍事は軍隊が司る事柄を指す用語であり、その内容は公共的利益と
政治的な重要性を伴うものである。軍事は民事 (Civil affairs) の対概念であり、
外交や
経済などと並ぶ
政府の主要な
行政機能の一つに位置づけられる。
[防衛大学校・防衛学研究会編『軍事学入門』(かや書房、2000年)]軍事がなぜ公益と重要性を伴っているかを理解する上で、フィレンツェの政治思想家の
ニッコロ・マキアヴェリの見解が参考となる。彼は『
政略論』やにおいて「戦いに訴えねばならない場合に、自国民からなる軍隊をもっていない指導者は国家は恥じてしかるべきだと思う」と論じている。なぜならば、自らの安全を自力で確保する意志がなければ、
国家の独立と
平和を期待することはできないからである。戦争が勃発することは不可避であり、それに対処するために軍備が必要であるという
現実主義の
政治思想は軍事の基本的な考え方となっている。
軍事の基本的な主題とは軍隊の根本的な使命である
戦争における
戦闘と要約することができる。ただしこの基本的な問題に関しても幅広い視角がある。例えば
自然科学の視角から軍事を観察すれば、戦場の
地理学的特性、戦闘で使用される
武器や
兵器などの
工学的性能、
戦闘力や戦闘行動の
数学的な性質などの側面が認められる。これに
社会科学の視点を導入すれば、戦闘行動をより大局的な観点から指導している国家の
政策や
国際法との関係、軍隊を支える国家の行政機能、戦闘を組織化する
戦略と
戦術、そして作戦計画を具体化するための補給や輸送、通信などの
兵站活動などの多くの側面があることが分かる。しかも軍隊の使命は歴史を経て変化しつつある。古代ギリシアの歴史家
ヘロドトスが『
歴史』で叙述した
ペルシア戦争において軍隊は敵の軍隊を殲滅することを使命としていたが、ポーランドの戦争研究者
イヴァン・ブロッホは『
将来の戦争』では将来の戦争が軍事技術の進歩によって大量の損害を出す長期戦に発展すると論じ、
第一次世界大戦、
第二次世界大戦の様相を予測した。また
冷戦後ではイギリスの軍人
ルパート・スミスが『
軍事力の有用性』で戦争の歴史的変容を指摘しており、戦争は国家の武力衝突や敵軍の殲滅、領土の占領に特徴付けられるものではなく、人々の間で生じる戦争、前線と後方の混在などに特徴付けられる戦争に変化していると論じた。
戦争が
国家の存亡を決定する極めて重大な出来事であることは古来から『
孫子』が論じてきたことである。戦争において国家は敵の軍事力によって安全を脅かされる事態に直面するのであり、それは領土や都市の破壊と占領、国民の生存とその財産所有権の侵害、政治的自由や独立の制限などの方法で行われる。同時に戦争は社会現象の中でも特に分析が難しい複雑な主題の一つであり、戦闘などの軍事的な出来事だけで生じるのではなく、対外政策や国内での政治過程などの政治的文脈に基づいて生起するものである。しかもその展開においては戦時特有の動員や生産などの経済的要素、国民心理などの社会的要素と関連するものである。しかも戦争は敵国と自国の相互作用によって生じた結果であるため、戦争において最適な意思決定が何であるかを明確に理論化することはできない。つまり重大な戦争の原因とその実態を理解するためには、その複雑性を概観できる理論的な把握が必要となる。
プロイセンの軍事学者
カール・フォン・クラウゼヴィッツは『
戦争論』において戦争の一般理論を構築した戦略家である。彼は決闘に戦争をなぞらえた上で、戦争とは「敵を強制してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為である」と説明しようとした。そして戦争において生じる
暴力は相互作用によって無制限に極大化する法則があることを明らかにした上で、そのような戦争を絶対戦争として定式化した。絶対戦争では軍事的な合理性の下であらゆる事柄が徹底的に合理化され、最大限の軍事力が敵を殲滅するために使用されることになる。ただし戦争は単に軍事において完結する現象ではないことにクラウゼヴィッツは注意を払っており、この絶対戦争のような形式が現実に起こっている戦争とは異なることを認識していた。つまり戦争は固有の法則に従って無制限に暴力性を高めるだけではなく、その戦争行為を制限することができる政治的目的を伴うものである。戦争の発生には必ず外交的または経済的、心理的な情勢が起因しており、あらゆる戦争は政治的目的を究極的には達成しようと指導されるものである。このクラウゼヴィッツの戦争理論は「戦争は他の手段を以ってする政治の継続である」と理解されており、戦略研究では広く参照されている。