機体は、胴体が
ジュラルミン、主翼や尾翼の動翼部は羽布張りとし、羽布張りの箇所は不時着時の発見を容易にするために赤い塗料が塗られていた。主翼内には主翼の形に合わせて7,500
Lにおよぶ大容量の燃料タンクが収められた。機体はできるだけ空気抵抗が無いように作られ、支柱や張線の無い
片持式が用いられ、国産機で初めて広範囲に
沈頭鋲が用いられた。
着陸装置(脚)は引込式。
操縦席も風防を折りたたみ式にして、離着陸時以外は機体左右の窓を見ながら操縦するようになっていた。
ピトー管は主翼に固定されたものと胴体下部から吊りおろすものが装備され、それぞれの数値から速度を割り出すようになっていた。食料は長距離無着陸に備え、
バナナや
サイダーなどの保存性の良い食料が選ばれたほか、
パラフィン紙で包んだものや金属
チューブ入りの
流動食も使用された。
航研機の世界記録達成は日本全国に大々的に報じられた。
逓信省(現在の
日本郵政)は、1939年に世界記録樹立を宣伝するために航研機を描く
普通切手を発行した。なお当切手は日本国産の航空機が初めて登場したものであった。