鉄道作業局のA8形を模倣した
製造番号1と2は、
1900年(明治33年)7月、同時に着工された。注水器や注油器などの小物部品、動輪などが
イギリスから輸入されたが、製造メーカーは明らかでない。大手の
ダブスではなく、中小メーカーのナスミスあたりではないかと推定されている。これらは、納入先が決定しないまま着工されたが、製造途中で
台湾総督府鉄道に納入されることになり、
1901年(明治34年)9月18日、1号機の試運転が実施され、完成検査は鉄道作業局神戸工場の森彦三が務めた。ただし、これは日本における民間工場製機関車第1号ではない。民間第1号は、名古屋に設立された鉄道車輛製造所製の
車軸配置2-4-0(1B)形タンク機関車で、1900年に完成し、
徳島鉄道に納入された。後の
国有化により
鉄道院180形となった機関車である。
しかし、この第1号機関車は、台湾への輸送途中に
海難事故によって失われ、非常に幸先の悪いスタートとなってしまった。代機となったのは、その保険金で製造したといわれる製造番号6で、こちらは
1903年(明治36年)に大阪で開催された第5回
内国勧業博覧会に展示後、台湾に送られた。このA8形模倣の2-4-2(1B1)形タンク機は、A10形(後の
230形)として鉄道作業局へも納入され、私鉄に納入されたものも含めて、
1905年(明治38年)までに51両が製造された。