主に燃料として使われてきた。日本では太平洋戦争後、石油や都市ガスなどが普及するまでは産業分野や都心の一般家庭でも普通に用いられる燃料であった。また
たたら吹きなど古来の製鉄は木炭によってその純度の高さを保つことができたが、西洋式製鉄法の流入によって伝統業を除き
石炭に取って代わられた。現在家庭用燃料としての用途はごくわずかだが焼き鳥や鰻、焼き肉などの店では炭火焼きにこだわる店も存在する。
花炭と呼ばれる花や木の実をそのまま炭化し、形を楽しむインテリアが500年以上前から日本に存在する。また、木炭に苔などを合わせたものが近年「炭アート」として販売されている。
考古学研究の成果によって、日本列島においては新石器時代の頃から木炭が用いられていたと推定されている。古代においては木材を積み重ねて火をつけた後に土をかけて蒸し焼きにする伏炭法で作られた柔らかい
和炭(にこずみ)、土や石で築いた炭窯で焼いたり硬質の木材(クヌギ・ナラ・カシ)を伏炭法で焼いた
荒炭(あらずみ)、和炭・荒炭を二度焼きした
炒炭(いりずみ)の3つがあり和炭は製鉄・冶金用、荒炭・炒炭は暖房・炊事用に用いられた。その他に防腐・防湿や飲料水の濾過など広範の用途に用いられていた。
平安時代には山林部を中心に炭焼きが広く行われて商品化された他、
荘園などの
年貢としても徴収された。炒炭は平安時代に登場した比較的新しい炭で火付が悪いが長く燃焼するのが特徴であった。荒炭は元々炭焼きの最後の段階で釜口を大きく開けて空気を入れ高温にしてから外に出し灰をかけて消す窯外消火法による
白炭が主流であったが、長持ちはするものの硬質で火付が悪いものであった。
室町時代後期から
江戸時代にかけて窯が冷えてから外に出す窯内消火法による軟質で火付が良い
黒炭が生み出された。ただし、白炭・黒炭の区別が確立したのは
近代以後であると言われている
[田村憲美『歴史学事典』第14巻「木炭」(弘文堂)]。