1997年、ホンダワークスの
カストロール・ホンダに加入、チャンピオン候補の筆頭となる。シーズン開幕前に
交通事故に遭った大治郎は全日本開幕戦を欠場、スポット参戦予定の日本GPへの参戦も危ぶまれたが、大治郎は欠場を促す医師を「絶対に勝つから」と説得、骨折を抱えた体で日本GPに臨んだ。予選3位からスタートし、ホンダの先輩でGPレギュラーの宇川徹、1993年GP250クラス世界王者の
原田哲也とトップ争いを繰り広げ、最終ラップの最終コーナーでトップに立ち、優勝。全日本でも8勝を上げ、初の全日本チャンピオンに輝く。