ビモータは元々空調設備の会社だったが、タンブリーニは1972年に趣味のオートバイレースで転倒、大破した自らのホンダCB750をフレームから作り直した。これが後のビモータHB1の原型であり、ビモータとしての第1号車でもあった。この車両が評判になり、1973年ビモータは本業とは別にビモータ・メカニカとしてフレーム・ビルダーとしての業務を開始、そのフレームを採用したレースチームが活躍し、1980年にはヤマハTZ350のエンジンを搭載したレーサー
YB3が世界GPの350CCクラスで優勝するなどした結果、ビモータは空調設備の業務を止めてオートバイ製造会社へ転向することとなった。タンブリーニが
カジバに移るまでの全ビモータ車両
[HB3まで、KB3まで、SB4まで、YB3まで。DB1に関してはどこまで関わったか明らかになっていない。]は彼の設計である。