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「ホンダ・NR」||オートバイ-master.com [07/06update]|オートバイの情報を無料でお届け!

ホンダ・NR wikipedia|無料辞書

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HONDA NR(市販車)
ホンダ・NR(エヌアール)とは、本田技研工業が開発したオートバイであり、当初は競技専用車両として開発されていたが、後に一般市販車として製造販売された。

◆NR500

◇開発の経緯
NR5001979年ロードレース世界選手権(通称:WGP)にホンダが復帰するに際して開発した4ストロークエンジン搭載レーサーである。革新的な技術のもとに勝利するというテーマから、New Racingを略してNRと名付けられた。
当時のWGPはスズキのRGシリーズやヤマハ・YZR500に代表される2ストロークエンジン車がタイトルを独占していた時代であったが、ホンダが社として4ストロークエンジンを推進していたこと、他社の真似はせず独自の技術を開発するという創業者・本田宗一郎以来の社風、また以前の参戦では最高峰500ccクラスのライダー・タイトルを獲得できなかったこと等の理由から、4ストローク500ccでの開発が決定した。
また、技術者を育成し、開発した技術を市販車に生かすという「走る実験室」としての目的も兼ねており、開発チーム(NRブロック)はレース経験のない若い技術者を中心に結成された。

◇UFOピストン
NR500のピストン周り。
2ストロークエンジンはクランク軸1回転ごとに1回の爆発を発生させるが、4ストロークエンジンは2回転に1回と半分である。その為、同じ排気量と回転数では4ストロークエンジンの非力は否めない。しかも当時のWGPのレギュレーションは現在のMotoGPとは違い4ストローク車に排気量のハンディキャップは与えられず、また最大シリンダ数が4と制限されていたため多気筒化による高回転化の道も閉ざされていた。
そこでNRブロックの総責任者・入交昭一郎は2つの気筒の円を直線で繋いだ形の長円ピストンを発想し、最大4気筒というレギュレーションを満たしつつ8気筒と同じ32本の吸・排気バルブ、8本の点火プラグとコネクティングロッドを備えたV型4気筒長円ピストンエンジンを開発。こうして(理論的には)2ストロークに対抗できる4ストロークエンジンが完成した。
エンジンについての詳細は楕円ピストンエンジンを参照のこと
この異形ピストンは関係者の間でUFOピストンの名で呼ばれ、技術開発(特にピストンリング)にまつわるパテント申請の都合上、NR500及び長円ピストンエンジンの研究が終了する1984年頃までピストン形状が長円であることは秘密とされた。
他にも、過大なエンジンブレーキによる後輪のロックを防ぐバックトルクリミッターの開発や、車体においてもアルミモノコック・フレーム倒立フロントフォーク、16インチホイールの採用など斬新なアイデアが盛り込まれた、New Racingの名に偽りのない革新的なレーサーであり、技術者たちの夢の結晶であった。

◇WGPでの苦戦と開発の断念
しかし、NR500は参戦から3年が経っても他社の2ストロークエンジン勢に苦戦し、勝利どころか1ポイントも獲得する事ができず、また頻発するメカニカルトラブルによって完走すらままならない状態であった。
その結果、NRブロックは長円ピストンエンジンでの挑戦に見切りを付け、1981年中には2ストロークのNS500の開発に着手、1982年にはNS500を主力に据えて参戦。NR500も継続開発・参戦するもののリソースの大半をNS500にシフトしたこともあって、結局4年の参戦を通じて最後まで1ポイントも獲得することなく舞台を去ることとなった。
NR500に見切りを付けた理由については
・2ストロークエンジンと比べて部品点数が多く、メカニカルトラブルが頻発した
・2ストロークエンジンと比べて始動性が悪く、スタートで大きく出遅れてしまう
:(当時のWGPは押し掛けによるスタートであった)
フレディ・スペンサーの力を持ってしても5位を走るのがやっとであった
:(81年8月、イギリスシルバーストン・サーキットで一時5位を走行、メカニカルトラブルでリタイア)
・その時点で技術的にやれる事はやり尽くした感があった
・フレディ・スペンサーとの82年シーズンの契約を確実にするため、勝てるマシンが早急に必要であった
:(シルバーストンの直後に「NR500はチャンピオンマシンになるのは難しい」と漏らした)
・3年経っても勝てないことに、ホンダのイメージを傷つけると内外から不満が出始めた
:(80年代初頭にHY戦争と呼ばれるホンダとヤマハの苛烈なシェア争いがあった)
といった理由が挙げられる

◇幻のNR250 TURBO
NR500でのWGPへの挑戦は失敗に終わったが、開発チームはその後も密かにツインターボを搭載したV型2気筒エンジンを試作。NR500のエンジンを二分割したものにターボチャージャーを前後シリンダーに1基ずつ装着しPGM-FIで燃料を供給。1983年10月には過給圧2.0で153ps/18500rpmを記録したこの試作エンジンを俗にNR250ターボと称する。
当時のWGPのレギュレーションでは500ccクラスに過給器付きの250ccエンジンで参戦することが認められていたため、このNR250ターボでWGP500ccクラスに再挑戦する計画であったが、最高出力を追求するあまり低・中回転域での出力が不足していたり(後に排気デバイスの採用で緩和)、ターボラグの発生によるスロットルレスポンスの悪さ、F1でのターボ禁止の動き、そして耐久性の不足といった理由により開発は中止された。
また、その研究で得られた技術を活かしVT250ターボを開発するも当時の運輸省がターボ車を認可しなかった為に幻の市販車となった。またこの件については、当時の馬力自主規制を遙かに上回る出力を発揮してしまったためにお蔵入りしたという説もある。

◇WGPでの全戦績