1982年をもって、
ワークスとしての活動を休止していたスズキは
1988年より本格復帰を計画。早速テスト車が製作され
1987年からの参戦を開始する。過去のスズキ車はスクエア型4気筒にロータリーディスクバルブのツインクランクエンジンを使用していたが、全くの新設計車両として2軸クランク・横置きV型4気筒とした。ライダーは故
ケニー・アイアンズ。シーズン途中より
ケビン・シュワンツがスポット参戦し開発のテンポは上がったもののパワー不足や開発初期にありがちなマイナートラブルを頻発し、シーズン途中で参戦を切り上げる。目的は翌
1988年に向けての開発を急ぐためであった。
1988年はケビン・シュワンツと
ロブ・マッケルナイの2名を擁しフル参戦。開幕戦での劇的な勝利でスズキ復活を強く印象付けて見せた。
1989年以降は課題であった最高速でも
NSR500や
YZR500にも引けを取らなくなり、以降はケビン・シュワンツの活躍もあって多くの勝利を積み上げてゆく。開発はMotoGPへの移行もあり、
2002年を持って終了。
GSV-Rに後継を託した。最終的にRGV-Γでチャンピオンになったライダーは2名。ケビン・シュワンツと
ケニー・ロバーツ (ジュニア)。軽量な車体と軽快な運動性を武器としたGPマシンである。