ヒンデンブルク大統領の支持も失って苦境に陥ったブリューニング内閣は退陣し、シュライヒャーは後任の首相に古い知己のパーペンを推挙した。パーペン内閣で
国防大臣に就任し、同年8月にナチスの党首
アドルフ・ヒトラーに副首相ポストを提示して与党に引き入れようとするが、拒絶された。SPDの
オットー・ブラウンが首班を務める
プロイセン州政府を武力で解散させて政府支配下に置くことには成功したものの、パーペンの政治能力に疑問を持つようになる。11月の総選挙では相変わらずナチスが第一党で与党は敗北。パーペンは議会を停止するべく軍部を使ったクーデターを計画するが、軍部を握るシュライヒャーが頷かず、結果としてパーペン失脚に一役買った。