オオタ自動車工業 wikipedia|無料辞書
同社が製造した「オオタ」ブランドの小型車は、第二次世界大戦前には
日産自動車が製造した
ダットサンとともに国産乗用車の代表的存在だった。
◆ 歴史
◇ 創業以前
小学校卒業後、近隣の
石岡の酒造家に奉公に出された祐雄は、生来の機械好きと器用さから、蔵の主人に見込まれて酒造工場の機械化に手腕を発揮していた。長じて21歳で上京し、
芝浦製作所で工員として本格的な工作技術を身に着けた。
1910年からは、元軍人の
男爵・
伊賀氏広による
飛行機開発研究を手伝った。しかし伊賀の飛行機開発は、試作機の横転事故で太田祐雄が負傷するなど失敗続きで、テストを繰り返しても飛行することができず、1912年初頭に伊賀は航空機開発断念に追い込まれた。
これによって否応なく独立せざるを得なくなった祐雄は、伊賀が開発用に所有していた足踏み旋盤を譲受し、これを元手として1912年6月巣鴨郊外に個人経営の「太田工場」を開業する(オオタ自動車ではこの時を創業としていた)。
◇ 試作車の完成
太田工場では、教材用の小型発動機、模型飛行機、さらに当時の大手オートバイ販売会社・
山田輪盛館向けのオートバイ用ピストンやピストンリングの製造を行なった。
1914年には帝国飛行協会の航空機用エンジン開発懸賞に応じ、
鉄道院技師の朝比奈順一が設計した星型9気筒11.7L・100馬力エンジンを実際に製作したが、島津楢蔵の開発したエンジンに敗れた。それでもこの時代に小規模工場でありながらこのクラスの大型エンジン製作に取り組んだという点では、特筆に値する試みであった。
祐雄は既にこの頃から、自力での自動車開発を企図していたという。1917年には神田の柳原河岸に工場を移転、自動車や船舶用エンジン修理を本業とする傍らで小型自動車の試作に取り組んだ。
1919年には友人・矢野謙治の設計になる水冷4気筒エンジンを完成、シャーシも製作し、ボディを架装しないままのベアシャーシに座席のみを取り付けて東京-
日光間往復を敢行したという。
その後、資金難から最初に完成した1台分のシャーシのみで一時計画は頓挫しかけたが、妻の弟である義弟・野口豊(1893年-1967年)が熱心な協力を惜しまず、父・野口寅吉から出資を得て、車体の開発も続けられることになった。1922年、試作シャーシに4座カブリオレボディを架装し、最初のオオタ車となる試作車「OS号」(OHV4気筒965cc9馬力・全長2895mm・車両重量570kg)がようやく完成、公式に登録されてナンバープレートも取得した。
OS号を市販のため生産化すべく、野口豊をはじめとする出資者が集まって1923年に設立されたのが「国光自動車」であったが、同年9月1日の
関東大震災で工場設備が全焼、計画は頓挫した。
震災に東京で遭遇した太田祐雄は、被災を免れたOS号に家族を乗せてハンドルを握り、急ぎ茨城の郷里に避難した。そして震災直後の混乱が落ち着くと早々と東京に戻り、交通網の寸断された東京でOS号を運転して個人タクシーを営むことで、当座の糊口とした。
なお、OS号は祐雄の処女作で1台のみの試作車ではあったが、完成度は一定水準に達しており、祐雄自身が常用して、1933年までの10年余りで約6万マイル(約96,500km)を走破した。
◇ 小型車市場への再挑戦
国光自動車の計画が頓挫したことから、祐雄はやむなく個人経営の太田工場を再開業して再起を目指した。引き続き自動車や船舶用エンジンの修理を続け、1930年に
神田岩本町9番地(当時)に工場を移転した。
当時の日本では、
内務省自動車取締規則によって小型自動車は一定条件を満たせば無免許運転が許可されたが、1928年時点では排気量350cc以下、幅員も909mm以下というシビアな条件で、実質、2輪の
オートバイか、ごく小型の
オート三輪しか適用を受けられない制度であった。
ところが1930年に規則改定でこの基準が緩和され、無免許運転許可車の排気量上限は500cc、全長/全幅も2.8m/1.2mまでに拡大された。この規格改正は、主としてオート三輪メーカーとユーザーから、性能向上のための規制緩和要望が強かった事によるものであった。だが、同時にこの規格は、辛うじてながら小型四輪自動車が成立しうるサイズでもあった。ここにビジネスチャンスが見出され、ダットサンやオオタを始めとする日本製小型四輪自動車が開発されるようになったのである。
太田祐雄は、以前のOS号同様、まずエンジン開発から着手した。規制緩和に合わせる形で、1930年に水冷直列2気筒
サイドバルブ484cc・5馬力(法規制の出力制限による公称)の「N-5」型エンジンを開発する。このエンジンは同年博覧会に出品され、
日本海軍に参考購入されている。翌1931年、N-5エンジンを搭載した四輪小型トラックを試作、再度自動車開発に乗り出した。
もっとも経営は相変わらず苦しく、すぐに市販自動車を市場に提供できる態勢にはなかったため、太田工場ではエンジンの単体販売および開発を優先した。
◇ 750ccオオタ車の完成
オート三輪に代表される500cc車の普及で国産小型車の市場が拡大したことから、無免許運転許可対象となる小型自動車の範囲は今後も更に緩和され、性能面で有利な大排気量エンジンが使えることが想定された。
困難な状況の中で、祐雄はやはり水冷直列式サイドバルブ型だがより上級クラスの4気筒エンジン開発を進め、1932年には748ccのN-7型と897ccのN-9型を完成させている。いずれもN-5に比べて重量増大を僅かで抑えつつ排気量・出力の大きな4気筒エンジンとして成立させており、祐雄の意欲を伺わせるものであった。
N-7エンジンはほどなく排気量を736ccに縮小した
[1950年代以前の自動車エンジンは、エンジン材質自体の品質水準やシリンダー内の表面特殊加工の未普及、道路未整備による吸気の砂塵吸い込みなどで、シリンダーの磨耗が激しかった。このため磨耗して圧縮効率が低下したエンジンは、シリンダー内部を研削拡大して筒状の金属ライナーを打ち込み、その内側を更に研削して排気量再生する「ボーリング作業」が必須だった。これを想定すると、エンジンのシリンダー回りにある程度余裕を持たせ、ボーリング作業を施しても排気量が750ccを超過しないマージンを与える必要があったことによる。戦前型ダットサンエンジンが722ccという半端な排気量設定だったのも同じ理由である。]が、戦後まで「E-8」「E-9」などの排気量拡大・強化モデルを産みながら生産される。これは同時期に開発された戦前型ダットサン「7型」722ccエンジンが、戦後860ccまで拡大された「D-10型」となって1950年代後半まで長く用いられたのと軌を一にする
[4気筒サイドバルブ・2ベアリングという基本スペックは類似したが、ダットサン7型がメインベアリングに当時は耐久面にリスクのあったボールベアリングを用いていたのに対し、オオタN-7型は堅実にメタルベアリングを用いており、実用上の信頼性で勝っていた。]。
4気筒エンジンに2種類の排気量を設定したのは、新たな排気量制限の上限が1932年時点では750ccか900ccか確定していなかったことによるものと見られるが、新規格の上限が750ccとなることは1933年に入るとほぼ確定していた模様である。改定を見越し、太田工場は、無免許規格に収まる750cc級N-7型エンジン搭載の小型自動車市販化に取り組むことになった。
梯子形フレームとリーフスプリングによる前後固定軸、機械式4輪ドラムブレーキという保守的設計のシャーシをベースとして、当時の常道として貨物車(トラックおよびバン)が製作されたほか、4人乗り乗用車も試作された。そして1933年8月、自動車取締規則は再び改定され、同年11月以降、無免許運転許可車両の上限は従来の500ccから750ccに拡大される。これと相前後して完成したオオタ750cc車は、太田工場での小規模生産ではあったが、1933年中からトラック・バンをメインとして市販を開始した。
500kg積みのトラック・バン(カタログではそれぞれ「運搬車」「配給車」と称した)の他、4人乗りの2ドアセダンおよびフェートン、2人乗りロードスターがラインナップされた。これらはすべて小型車規格の全長2.8mに収められていたが、他にバンには小型モデルとパーツを共用しながら荷室を長くした全長3.03mの「中型配給車」もあり、このタイプのみ規格外で自動車運転免許を要した。初期の課税前価格は、トラック1,750円、セダン以外の乗用モデルと標準バンが1,850円、セダンが2,080円であった。
750ccオオタの市販化に至ってからも、慢性的な資金不足は続き、太田祐雄個人の経営に過ぎない零細な太田工場の生産体制強化を困難としていた。当時の従業員は15人程度という町工場レベルで、1933年から1935年までのオオタ車累計生産台数は、貨物車と乗用車を合計しても160台に満たなかった[なお、この時代の太田工場はまだ法人化されておらず、太田祐雄の個人事業で、1933年-1934年のカタログ複数を比較しても組織名称は「太田工場」「太田自動車製作所」の名称が混在していた。当時の個人事業者で事業所の商号が一定しない事例は珍しくなく、「オオタ(Ohta)」という基本ブランド名も存在したため、大きな問題にはならなかったと思われる。]。
◇ 高速機関工業の設立と太田祐一の活躍
・オオタ自動車工業 page1
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